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夜の焚き火塾
April 2001.焚き火塾のトップページへ
  この日は、朝から抜けるような青空と真夏の太陽、サイパンの日本晴れとでも言いましょうか、ダイビングに出かけないのは、なんとも勿体無いような良いお天気でした。でも、ダイビングよりも大切なテーマが、カシラと塾長の前に立ち塞がっていました。

  クラブハウスから眺めるマニャガハ島は、右の写真のように、青から水色へのグラデーションの中にくっきりと浮かんでいました。
    ドリル、ノコギリ、ドライバー、ペンチ、などなど、いっぱいの道具が詰まった箱を持ち出し、クラブハウスの裏庭で、塾長は朝からビールを飲んでいました。ただ飲んでいたのではありません。ある道具の構想を練っていたのです。それは、原始人が使ったであろうと言われている『火熾し器』。
  エースに出かけたカシラに、携帯で材料追加のオーダーを出しながらも、ビールの空き缶のみが増えてゆきました。米国式ノコギリ、引くのではなく押して切る、これには参りました。日本人である事を再認識させられた道具でした。
  お昼頃になって完成したのが、上の写真の『火熾し器』です。フライホイール代わりに使ったウェイトの芯出しに時間を費やしましたが、ブレずに回転するようになりました。
  最初のうちは、右の写真のようなやり方でうまい事回転してくれますが、摩擦が増してくると止まってしまいます。下方向への重量は、今回の2Kg程度で適当と思いましたが、回転の慣性をもっと大きくする必要があることがわかりました。フライホイールの半径を大きくすれば解決するであろう事は想像できましたが、作り直す時間と気力が無くなり、次回のヴァージョンアップに懸ける事にしました。
  太陽も傾きかけた夕刻、サイパン風に、ピックアップバンの荷台に乗り込み、いざ、オブジャンビーチに向けて出発です。カシラ家の愛犬サブも特別参加です。
  オブジャンビーチに着くと、まずは薪探しです。が、どうした事でしょう。枯れ木がほとんどありません。直前に焚き火をした人が、燃やし尽くしてしまったようです。みんなで、必死に薪集めをしました。
  ダッチオーブンの中は野菜カレー、『炎の見張り番』提供の調理スタンドには、炎のシェフ、カシラの奥方が心をこめて準備をした香ばしいチキンが、針金で吊り下げられ直火に輝いていました。
  このチキンはおいしかった。飲むだけで小食の塾長が、ペロリと1塊たいらげてしまいました。下ごしらえ・味付けなどは、ぜひとも炎のシェフに聞いておきましょう。
  飲んで食って、あぁ満腹と思ったとき、ふと空を見上げると、いつものように満天の星空でした。

報告 焚き火塾長